2011-10-18

ハンドアウト2011 抜粋

先輩達からの ちょっと過激な メッセージ

2,053人, 51.9歳.この数字は何でしょうか?     神尾 多喜浩  済生会熊本病院

ちょっと古いデーターですが,2008年の病理専門医数が2,053人(うち実働は約1500人。約1/3は病院勤務の病理医:病院病理医と言います.米国病理医の1/5と少ない),その平均年齢が51.9歳です.この数字から皆さんはどのように考えますか.世間では小児科,産婦人科,外科系などの医師が不足していると言われています.しかし,病理医はそれらの医師数と雲泥の差であり,病理医は天然記念物と言ってもいい状況です.若手の病理医がこのまま10数年のうちに育ってくれないと,日本の医療の質は低下し,医療崩壊につながります.下手をすれば,韓国やアメリカなどに病理画像を転送し,診断される状況になる可能性もありえます.若手病理医の育成が望まれるところです.特に病院病理医の存在は医療の質向上のみならず,日本内科学会認定医制度教育病院の認定,地域がん診療連携拠点病院の認可,病院機能評価の認可,臨床研修医の確保にもつながり,一般病院での病理医の存在は重要視されています.しかし,病院病理医は一人病理医のことが多く,現在の労働環境は決して良くなく,むしろ過酷な状況です.また,すべての臓器に一人病理医が精通するのも能力的に不可能と言えます.これらを解消するには,若手病理医を増やすことに尽きるかと思います.
今回九州で初めて病理医確保への動きが始まりました.他の支部に比べて出遅れてはいますが,まだ今なら間に合います.今回の“秋の病理学校”,また来年以降も継続される“夏の病理学校”によって,一人でも多くの学生さんや研修医の先生方が病理に興味を持ってもらい,私たちと一緒に病理を勉強してもらうことを渇望する次第です.

病理医という居場所                    渡辺 次郎  公立八女病院

もと国立○○病院のここの敷地には大木が多い。顕微鏡を覗いていると、開け放した窓から冷ややかな心地良い秋風とともに、杉の香りが漂ってくる。6年前に博士号の研究のため病理学教室に席を置き、以来居心地が良くてずっと居ついたまま今に至っている。顕微鏡で覗くミクロの世界はどれもすこぶる美しい。正常の組織であれ、癌の組織であれ、生き生きした絵画をみる思いがする。正常組織はおだやかな風景画、癌や炎症の強い組織はデフォルメの効いた抽象画の様だ。それらが例外なく美しいのは、生命というものが生きるにもっとも適切な機能的な形をしているせいだろう。それら「必然」に裏打ちされた美しいフォルムは、エオジンのおだやかなピンクとヘマトキシリンの紫がかった青色に彩られ、パノラマのように僕に迫ってくる。
 病理医という居場所、これは6年間の外科医生活からトラバーユした僕の安住の地である。遠くに響く砲撃の音を聞きながら、安全な後方基地で、送られてくる戦利品の品定めをする。そんな仕事である病理は、やっていて楽しい。それに臨床の先生は病理医をなにか「学者さん」か何かと勘違いして、買いかぶっているふしがある。単に顕微鏡を覗いているだけなのに、何かよほど知的な作業をしていると錯覚しているようだ。僕は病理医に「頭」はいらないと思う。ただ素直に○はマル、□は四角と感じる感性があればそれでよい。しかし病理医の成り手は今も昔も少ない。医師過剰時代といわれる現在でも病理医の数は医者全体の0.2%に過ぎない。まだまだ需要に供給がおっつかない「売り手市場」の商売なのである。
 臨床医のみなさん、毎日の仕事頑張ってますか? 疲れて来てやしませんか? 人を相手にすることが、だんだん億劫になって来てやしませんか? 臨床に疲れた貴方、どうです、僕のように病理医に転身してみてはいかがでしょう? ここは、Wonderful worldです!
(1996年久留米大学1外同門会誌記事改訂)

病理医。これが女の生きる道   本田 由美  熊大病院病理部

今回、女性の参加者が多いと聞きまして、大変うれしく思います。九州ではまだまだ女性病理医が少なく、各県に数人程度です。病理医の仕事は女性にとても向いています(下記参照)。多くの女性病理医が誕生することを願います。
まず、腕力が必要なのは病理解剖で第一肋骨を切る時くらいです。無理な時は、優しくて力持ちの男性病理医や技師さんにお願いしましょう。病理医に必要なのは腕力や瞬発力ではなく「持続力」です。じっと座って顕微鏡をのぞいたり、本や文献をじっくり調べたりするのは、何かと気ぜわしい男性よりも、しっとり落ち着いた女性の方が似合っています。
病理医は患者さんを直接診ないので、コミュニケーション能力は必要ないと思われがちですが、そうではありません。様々な診療科の医師や技師さんたちとのコミュニケーションは重要です。この点、色々としがらみの多い男性よりも、女性の方が明るく楽しくやっていけます。
病理医の仕事は決して楽ではありませんが、他の診療科と比較すれば自由度は高く、これも女性にぴったりです。裏を返せば、自分で自分の仕事をマネージメントしないと、あっと言う間に標本の山の中に埋もれてしまいます。しかしここでも、何かと誘惑の多い男性よりも、基本的にマジメで働き者の女性の方が能力を十分に発揮できると思います。
病理診断は「最終診断」なので、どんなに難解な症例でも、我々病理医が病理診断を出さないことには、診療科の医師は動けません。そういう場面でも、いざとなると腹が据わる(決断の早い)女性の方が向いているのではないでしょうか。
以上、女性病理医のいいところばかり書きましたが、男性病理医志望の方々も決して弱気にならないで下さい。実のところ、男性か女性かなど全然関係ありません。顕微鏡をのぞくのが好きであれば、それだけでOKです。この先何十年、せっかく毎日仕事をするなら、自分の好きなことをするのが一番しあわせだと思いませんか?

敢えて病理のネガキャンを張ります!            久岡 正典  産業医大一病理

本企画に参加された方の多くは病理に対して多少とも良いイメージを持ち、進路の一つに加えて頂いているものと思いますが、病理の道に入って遭遇すると思われるマイナス面についてもお伝えしておくことで客観性を保つ、言いかえれば詐欺紛いの勧誘となることを回避できるのではないかと考え、敢えてこのような記述を作成することにしました。
【病理って?】何と言っても一般の認知度がとても低い。「病理をやってます」と話しても、多くは理解できずに結局「病理とは...」とレクチャーが必要な場面が多々ある。家族からも「病理って何?医者になったんじゃないの?」なんて言われることほぼ間違いなし。職場の飲み会などでは「○○病院料理診断科様」なんて間違って店側に伝わっていることがある。
【病理の環境】基本的に孤独で地味。長時間の顕微鏡観察で目が疲れ、腰も痛む。不注意により切り出し作業中負傷したり、感染するリスクもある。言うまでもなく院内では日陰の存在。どんなりっぱな診断をしても患者様や主治医から感謝されることはまず無い。診断業務に携わる機会が多いほど、臨床医からの問い合わせへの対応やカンファへの出席等で多忙となる。さらに学会等発表用の写真撮影・資料作成をしばしば依頼される。「ここはサービス業に徹して」と割り切って働くが、見返りはほとんどない(期待してもいけないが)。病理解剖や術中迅速診断でも日中は時間が分断され、忙殺されることも少なくない。臨床医と比較して待遇は悪くはないが、決してよくもなく、派手な生活は諦めた方が無難。
【研修の環境】マンパワーの不足や症例の偏りがあること等の理由で、病理研修用のきちんとしたプログラムや資料が準備されている施設はそう多くない。不足分を文献で調べ、講習会等に参加して習得するなど、常に自ら研鑽していく姿勢が必要。勉強嫌いな者にとっては少々つらい分野といえる。

開業医としての病理医             中野 盛夫  医療法人明雄会中野病理診断科

私が病理医になって約30年が経ちましたが、その頃病理医が開業して医療機関を設立するということは絵空事でした。近年、法改正に伴い病理医が開業できることになりましたが、これも比較的最近のことです。欧米では病理医が医療機関を開設するのはごく当たり前のことですが、わが国では病理診断の大半は臨床検査センターで臨床検査の一項目として行われており、そのことは現在も変わることがありません。病理診断が医療行為であることを認めながらその一方で病理診断を臨床検査の中に位置づけ、このことが黙認されている現状は欧米に比してわが国の医療体制が如何に場当たり的に行われていたかということの表れです。
 開業医としての病理医は私を含めて全国でまだ10人程度にすぎません。開業したからと言って特に経済的なメリットがあるわけではありませんが、私にとっては開業したことの意義は極めて重大です。その理由のひとつは病理診断を医療行為として堂々と行うことができ違法状態から免れることができたということです。現在日本で行われている病理診断の様々な形態のうちで法的に見て適法な形態は、病理医が医療機関において常勤あるいは非常勤の病理医として診断している場合のみです。臨床検査センターを通じて病理診断を行うことや研究と称して大学の病理学教室で病理診断を行うことは厳密な意味では違法状態にあります。この点開業医としての病理医が自分の開設した医療機関を通じて病理診断を行うことは、病理診断が医療行為であることを世に知らしめることにもなり、私にとっては大変意義のあることです。
次に私が開業して良かったと思うことは、痩せても枯れても『一国一城の主』となれたことです。医療機関として独立して病理診断を行うことに関しては基本的に自由でありすべては私の意志・裁量によって決めることができます。嫌な上司と付き合う必要もなければ嫌いな病院と契約を結ぶ必要もありません。勤務時間に関しても自分の思うように設定することが可能で、私は毎朝目覚めたらお茶を飲む間にその日の仕事をどうするかを考え意の赴くままに決定しています。
あと10年早く開業できていたらと思うことがしばしばあります。これから病理医を目指す若い医師の中で私に似た性格の人はあまりいないと思いますが、開業医としての病理医という選択肢が広がったことはいいことです。大学の病理学教室で実験に明け暮れるのもよし、病院の勤務医として病理診断に携わるのもいいでしょう。そのどちらも嫌だ、だけど病理診断で身を立てたいと思う稀有な病理医がもしもいたら、私みたいな病理医もありだということを頭の片隅にでも置いておいて下さい。

患者を直接治療しない病理医なんて             松山 篤二  産業医大一病理

おそらく皆さんは医師になって患者さんを治療することを想定して医学部に入学したと思います。将来どの道に進むかを自由選択できる中で、「病理医」という患者に接しない進路を選択するのには抵抗がある人もいるかもしれません。
 一人の医師で全ての医療を完結することはできません。「何でもできる医師」である総合医の役割も、患者の対応を全て一人で行うということではありません。患者の初期対応を学ぶことはもちろん大事ですが、医療は基本的には分業制です。分業である医療のうち、自分が何を担当するか、どの部分の歯車になるか。そういう視点で見ると、私の場合は「患者を直接治療しなければ・・・」の気持ちはなくなりました。
患者さんを直接治療しないことが、病理医の仕事のスタイルに大きく影響していることは事実です。それは仕事の自由度を大きくすることにもつながっています。また、患者さんと直接接しないことで、バイアスがかからず客観的に診断できます(治療を急ぐあまり診断が誘導されてしまうことは、医療においては実はありうるのです)。
病理医はそれぞれ興味のある分野に専門性をもつことが多いですが、顕微鏡を通して、診断に関する「総合医」的な立場で全臓器を診ています(general pathologistと呼ばれる)。このことは、力を入れる専門分野を変えることも可能にします。一途な人は徹底的に興味のある分野を追求すればいいし、飽きっぽい人はいろんな分野に手を出すことも大いに可能です。
 いつもとちょっと違う視点から病理医について述べてみましたが、病理医という歯車によってその病院の医療の質は大きく変わってきますので、やりがいのある仕事です。もし私が生まれ変わってまた医学部に入学しても、迷わず病理を選ぶと思います(浮気性の私は、今とは異なる分野を専門にするとは思いますが)。病理医という立場で医療を支えるのも、決して悪い選択肢ではないですよ。

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女子学生・女性研修医へのスペシャルメッセージ 

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病理と臨床 2011 8月号 905ページから著者承諾転載

病理と臨床2011 8月号 905ページ

おまけ  ないしょで 教えてあげる、国試に出る病理はこれよ!

医師国家試験では、毎年10問程度は病理写真が解答に直結する出題が出ています。おそらく出題者は病理医ではないでしょう。それだけに、各科の代表的な病理組織像はおさえておく必要がありそうです。
(1)最も多いのは皮膚科(病理マニアの皮膚科医が多いため?)、次いで血液(塗抹のギムザ含む)、腎(蛍      
光抗体法が多い)、呼吸器、消化器(印環細胞癌が約半数)。
(2)約半数は腫瘍の診断が問題となる。
(3)腺癌、扁平上皮癌といった一般的な腫瘍に加え、比較的メジャーで特徴的な組織像の腫瘍は要確認(印環細胞癌、カルチノイド、GISTなど)。
(4)皮膚科でも24問のうち13問が腫瘍ないし腫瘍類似病変。乳房外パジェット病3問、黒色表皮腫2問、日光角化症、ボーエン病、扁平上皮癌、脂漏性角化症、悪性黒色腫、リンパ腫、血管肉腫、黄色腫各1問。
(5)皮膚の非腫瘍性疾患は、水疱性疾患の鑑別4問、皮膚筋炎2問(皮膚生検と筋生検各1問)、乾癬2問など。
(6)呼吸器は、喀痰や胸水などのGram、Grocott、Ziehl-Neelsen染色所見が多く、一般的な癌は7問、中皮腫1問。LAMも一度出たが、病理専門医レベルなのでこだわらないように。
(7)血液のうち、リンパ腫は7問(ホジキン3問、濾胞性2問)。骨髄生検では再生不良性貧血3問、骨髄線維症1問。
(8)細胞診の出題は婦人科5問、肺癌2問(扁平上皮癌と腺癌の区別はできるように)。
(9)各臓器で肉芽腫性疾患が出題されている(6問)。類上皮肉芽腫を認識できるようになっておこう。(10)設問の臓器名などから類推できるものも多い(「卵巣」「胃癌」→「Krukenberg腫瘍」など)が、
速断しないように(「直腸」→即「カルチノイド」は禁物)。
組織像は見慣れないと難しく感じるかもしれませんが、秋の学校に参加するような学生さんなら問題ないでしょう。ひねった出題はありませんので、「素直に解く」ことが大切ですね。

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